東・終風論争

私も、よく目を通しており、本日記でもいずれも触れたことのある、東浩紀氏と終風翁が、議論を交わしておられたことに気がついた。

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問題の背景がよくわかんないけど - finalventの日記

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東浩紀さんへの返信 - finalventの日記

物騒な話題の雑感 - finalventの日記

そういえば思想というものに - finalventの日記


これに対して、他の論者の方も見解を表明されている。

ナチオンから遠く - A Road to Code from Sign.

東的国家観について - on the ground*1

東浩紀×finalvent - 不動産屋のラノベ読み

重心はそこ、なのかな? - 五月アゲハ

2008-04-21

佐藤秀の徒然幻視録:ディオゲネス症候群と動物化

http://d.hatena.ne.jp/ChieKaihotsu/20080421/1208780699

ブロガーvs論壇、または「ジェノサイドを前に論壇は無力か」 - 倫敦橋の番外地(4月24日補引)

本日記で、ご両者の記事を取り上げた際に念頭においていた論点と関連した話題であるので、私も、いくつか思ったことがあるのだけれども、短時間でこれを纏めるということが難しいため、後日、追記なりなんなりの形で補うこととし、本日はメモに留める。
ただ、一点だけ述べておくとすれば、既に指摘があり、ご両者も(それぞれ違った観点からであっても)そう感じておられるところであろうが、この論争は、少々不毛な展開を辿ったように思う。そのような展開になった理由として、終風翁の当初の問題提起が、やや曖昧であり、解しようによっては、公正を欠くと受け取られかねないものであったことも、挙げられよう。しかしながら、すれ違いが最後まで解消されなかったことの主たる原因は、東氏の側に、ある種の“classical foundation”―及びそれを支えるメンタリティー―が著しく欠如していたことに求められように見える*2。むろん、このことの責めは東氏に負わせるわけにはいかない。その意味においても、「背景の問題の根が深そう」というのは、正鵠を得た指摘であるように思われる。
そしてまた、私自身が、東氏と同じ弱点を共有しているのは言うまでもない。

同日追記:

sk-44氏が見解を表明され、これに終風翁が応答される形で、議論が展開をみせている。

2008-04-22
異論というほどでもないけど、ちょっとコメント - finalventの日記

08.4.23追記:

どうも、Nationalsozialismusをめぐる解釈問題*3ばかりが取り上げられて論じられており、議論が漂流している観があったところ、sk-44氏の応答が出され、その中で、次のような指摘がなされていた。

宮台真司氏と東浩紀氏とfinalventさんとで「信頼」の定義というか用法が相違しており、かつそのことが要点と考えたゆえ、先のエントリにおいて、当該部に対するfinalventさんのレスを引用させていただきました。

2008-04-23(強調は引用者)

この指摘は、蓋し、肯綮に中るものというべきであろう*4。翁がはじめに提出された問題は、まさに「信頼」(fides)*5の理解―さらには、それを支える社会システムへの洞察―という点にあり、翁は、元来この点を、主要論点と考えておられたのではないかと思われる。
もっとも、翁の構成にも不鮮明な点がある。それは、「公の義」が、このfidesを延長していく形で、市民社会に順接的に基礎付けられると構成する―trust的国家観―のかどうかである。「国家が社会から市民を救う」面を強調され、あるいは、「「公の義」が、社会から疎外される」といった言葉遣いをされるところかすれば、翁は、どうやら鋭く「社会」とは断絶した国家イメージ―いわば、ヘーゲル的国家観―を採っておられるようにも見える。すると、この場合は、「公の義」は、「社会」(市民社会も含む)から最も遠いところに存することとなり、こうした「義」に、「信頼」(fides)の語を充てるのは、やはり誤解を招くのではないだろうか。こうした点について、もっと議論がなされていれば、より実りあるやり取りとなったのではなかろうか*6

08.4.26追記:
終風翁の、sk-44氏に対する再答弁に接して、上で示した読み筋がそれほど的外れのものではないということが分かり、少々、安堵した。そうすると、今回の「論争」の争点に関する限りで言えば、私は、終風翁の前提的認識のほうが、バランスの取れたものであると思う。翁が、「他人の主張を批判するときにはあるていど普通の学問的成果を前提を読んでほしい」との感想を漏らされたことも、なるほど、得心がいくように思われる。
私の関心からすると、翁がtrust構成を機軸とする考えを採っておられることが分かったことが収穫であった。残る問題は、果たして、trust構成によって、翁が期待される「社会から市民を救い出す」という、国家の「質」が担保されるか否かにあろう。trust構成は、先に述べたように、fides概念に立脚している。そして、この国制を基礎付けるfidesは、元来、「社会」の側に成立しているそれを素材として、多少の洗練を加えた上で使用することになる。この意味で、trust構成は、「(市民)社会」*7と順接的な国家像を描くものであるということができる。すると、trust構成においては、「国家」形成の素材となる「(市民)社会」の質が、決定的に重要になるわけである*8。条件が整えば、trust構成は、ほとんど、res publica*9と言ってよいような、自由な国制を基礎付け得る。しかしそうでなければ、社会の側に、委託者又は受益者としての強い権限が留保されている分だけ、こうした“手綱”によって、一旦分離した筈の「国家」が、「社会」のレベルにまで引き摺り下ろされる事態を生じかねない危険を孕む。そうなっては、元も子もない。このように考えを進めるとすると、日本国憲法前文が「信託」を謳っているからといって、直ちにtrust構成に付くことには、躊躇がされる*10。ことは、現代日本社会の評価に関わる難しい問題なので、私見は留保する*11

*1:このkihamu氏の論考は、直接論争に対して意見を表明したものではないけれども、東氏の当初の記事に対する応答となっているので、あわせて引用することとした。

*2:東氏は、「人文系」の議論を援用されて、ご自身の議論のapoligiaに代えておられるが、元来、「人文系」(humanities)というのは、“ある種のclassical foundation”と密接な関係にあったはずである。こういった観点からすると、一連のやり取りの中で、「人文」的であったのは、東氏よりもむしろ終風翁のほうであったようにさえ見える。「そのようなものは、打破すべき『ヨーロッパ中心主義』だ」という反論もあるかもしれない。しかし、東氏の依拠されるアレントハイデガーが、こうした基礎を突き詰めて考えた人であったことからすれば、打破を目指すにしても前提を共有する必要があるのであって、classical foundationを欠落させてよいことにはならない。

*3:このことについて、一言しておくと、「国家社会主義」という語のイメージとして、「国家(Staat)による社会主義の実現」を指すものとのみ解されやすい。しかしながら、NSDAPが登場した時期において、この語は、「国家(Staat)が社会と融合する」ないしは、「社会が国家(Staat)を乗っ取る」という響きを持っていたのである。むろん、このばあいに、NationがStaatと社会のいずれの側に立つか、というのは一義的に定め難いのであるけれども、Natiion-Stateという表現が示すように、Staatの側に立つものとして解する―この場合、社会の側にはVolkが観念される―という立場も十分に考えられ、むしろそうした構成のほうが、近代大陸法国においては、「普通の議論」である。そのため、この構成に批判的な視点を強く打ち出すH.アレントですら、全体主義への最後の一歩を描き出した枢要な一章において、「国民国家の没落と人権の終焉」を主題としたのである〔『全体主義の起源2』第5章参照〕。終風翁が「ナショナリズムでなく国家社会主義の問題」という表現をされたのは、以上の脈絡を念頭に置いたものと思われ、東氏の所謂「人文系の議論」においても、この脈絡は意識されてきたはずである。
08.4.24補足:
昨日、新たにものされた以下の論考が、比較的バランスのよい視野をもち、他の記事よりも見通しがよいので、紹介しておく。
ナチズムとナショナリズムに関する覚書 - 虚舟庵雑録
これよりやや狭い文脈で問題を捉えているように見えるものの、なお参照すべきものとして、hokusyu氏の次の論考がある。
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20080422/p1
なお、上記二つの記事はドイツを中心とした纏めであるが、フランスナショナリズムについては、「東浩紀さんへの応答」(本文上から4番目に引用の記事)コメント欄における、feuille氏の問題提起と終風翁の応答、さらには、『全体主義の起源1』第4章「ドレフュス事件」参照。

*4:ただし、上記論考全体としてみると、氏にしては珍しく、ポイントを外しており、所によっては終風翁の論旨を正反対に解しておられる点が見られる。

*5:信託(trust)は、まさにこの領域に関わる。fidesは、共同体的相互依存関係とは異なり、いわば「義」としての性質を併せ持つ。それゆえに、fidesの延長上には、なんと近代的国家をも基礎付け得る。日本国憲法前文第二文参照。なお、こうした脈絡については、極めて不十分かつ粗笨な議論ながら、以下の書がふれている。
参照:
桜内文城『公会計革命』(講談社現代新書 2004)
公会計革命 (講談社現代新書)
公会計革命 (講談社現代新書)

*6:なお、東氏が、当初の論考で触れておられた社会構想については、終風翁の側にもまして不鮮明であるけれども、なにがしか、ハプスブルク帝国のような支配体制を思わせるところがある。
参照:
大津留厚『ハプスブルクの実験(増補版)』〔春風社 2007〕
ハプスブルクの実験―多文化共存を目指して
ハプスブルクの実験―多文化共存を目指して

*7:この場合、素材が単なる「社会」であってはならない。

*8:このあたりは、論者でも混乱が見られるようである。たとえば、trust構成の代表的論者である、ロックの『統治論』第二編第二章は、素材となる「(市民)社会」〔=「自然状態」〕について、極めて獏としたイメージしか描けていない。しかし、自然法や自然的自由に関する記述を読む限り、やはり、しっかりとした「市民社会」の存在が前提とされているように思われる。

*9:実を言えば、本家のres publicaは、trust構成よりもいっそう鋭い断絶が組み込まれている。res communis omnium〔万人共有物〕とは区別された、res publica〔公共物〕が観念される所以である。その成立において素材として使われたのは、ほかならぬ、「聖絶」の発想であった。―例えば、リウィウス『ローマ建国以来』第4巻59章参照。ローマ軍入城後の無慈悲な虐殺、突然の略奪停止命令と降伏勧告、友軍到着後の戦利品分配等々・・・。なお、少し前に話題となった区分に照らして見れば、これは、massacreではなく、genocideの性質をもっていた。リウィウスは、そのあたりを正確に特定している。原文によれば、“et immitis diu caedes pariter fugientium ac resistentium, armatorum atque inermium fuit. Cogebantur itaque uicti, quia cedentibus spei nihil erat, pugnam inire, cum pronuntiam repente ne quis praeter armatos uiolaretur , reliquam omnem multitudinem uoluntariam exuit armis, quorum ad duo milia et quingenti uiui capiuntur.”。しっかりと、fugientesに暴力が加えられたと記されている。ところで、続く部分を一読して分かるように、“cum pronuntiam repente”以降で風向きが変わる(repenteという副詞は、暴力の組織性を強調するために忍び込まされたようにさえ読める。)。この瞬間に、素材としての「聖絶」に、何らかの加工が行われたのであると思われる。しかしながら、その加工の精確な中身については、未だ定見を持たない。

*10:樋口陽一教授が、所謂「ルソー・ジャコバン型」に好意的な見解を示されていたのも、こうした考慮によると思われる。

*11:なお、「finalventの日記」において、最近、本文でふれたような、「現代日本市民社会の質」に対する議論が交わされていた。4月17日付け同日記コメント欄の翁とcastle氏とのやりとりを参照。これに対する、終風翁の答は、「難しいが、かなり厳しい状況になって、市民社会の作為の契機が湧き上がるのではないか」(大意)というものであった。ううむ。
なお、「友愛」と「自由」又は「市民社会」の関係、「聖絶」と遊牧民の関係といった論点に関して、私は、終風翁の所説に疑念を抱いている。